税務マネロンヘイブンとしての本邦

 日本のマネーロンダリング対策は、米国やその他諸外国と比べ著しい遅れは明らかである。我が国では主に警察が国際的なものも含む組織犯罪対策のひとつとしてマネーロンダリング対策を、犯罪収益対策として1992(平成4)年7月施行の麻薬対策特例法、2000(平成12)年2月施行の組織的犯罪処罰法を行使し、犯罪収益剥奪に注力してきた。
 平成18年版警察白書において、平成12〜17年の間に麻薬特例法による薬物犯罪収益等隠匿(第6条)、薬物犯罪収益等収受(第7条)の検挙件数は高々知れているが、組織犯罪処罰法による犯罪収益等隠匿(第10条)、犯罪収益等収受(第11条)の検挙件数は年々着々と増加している。

 現在日本の金融庁特定金融情報室においては、金融機関等の届出の疑わしい取引情報の分析、検討を経て、各都道府県へと提供、捜査している。金融庁から警察への情報提供数も同じく年々増加しており、金融庁や金融機関の警察への積極的協力情勢が見て取れる。

 犯罪収益というものは、マネーロンダリング、テロ資金供与規制の緩い国に集中する故、単一国家のみの対策では未然に防ぐのは不可能であり、二国間、多国間での連携による対策が不可欠。我が国ではFATF(金融活動作業部会)、APG(アジア太平洋マネーロンダリング対策グループ)に参画している。
 FATFの2001(平成13)年「40の勧告」+「8の特別勧告」策定を受けて、我が国では2004(平成16)年4月、警察庁刑事局に組織犯罪対策部を設け、同年12月、国際組織犯罪等国際テロ対策推進本部がテロ未然防止行動計画を策定。2005(平成17)年11月、FATF勧告実施の為の法案作成、FIU(金融情報機関)を金融庁から警察庁へ移管する旨を決定した。翌年6月、国際組織犯罪等国際テロ対策推進本部では、犯罪収益流通防止法案の考え、概要を決定。当該法案によれば、国家公安委員会及び警察庁により、顧客等の本人確認、取引記録保存、疑わしい取引の届出などの制度所掌、金融機関の他、弁護士、公認会計士や法律会計の専門家、不動産業、宝石貴金属商などにもFATF勧告に基づく義務を課す旨を打ち出した。

 日本におけるマネーロンダリングおよびテロ資金供与に対する危機感のズレは、国際社会に対して相当の開きがあるだけでなく、法整備の遅れも顕著だ。組織犯罪処罰法における前提犯罪適用範囲の狭さ、追徴没収適用に関する裁判所の判断のズレもまた国際社会に対して相当の開きは否めない。

 例えば組織犯罪処罰法13条2項「犯罪被害財産である場合これを没収することは出来ない」などと規定しており、警察庁平成17年警察白書にも示されているが、旧五菱会ヤミ金グループの出資法違反、マネーロンダリングに対する組織的犯罪処罰法違反の裁判において、犯罪行為による被害者から得た犯罪被害財産に関し追徴没収を禁じ、被害者による民事訴訟を通じ、被害回復の道程を示す上記同条項の厳しい解釈によって、第一審は検察の主張を認めないという判決が出た。
 これは犯罪収益追徴、没収を無に帰すばかりか、被害財産という性格から国家による没収も許されず、被害者による返還請求すら事実上不可能にする結末を迎えるという、言わば犯罪収益が当該ヤミ金グループの元へ返す事を裁判所が認めてしまったのである。

 第二審判決に行く前に、この五菱会事件について述べておく。
 指定暴力団山口組系二次団体である五菱会幹部により総括されるヤミ金グループが傘下の金融組織を通じ、多数回に及び出資受入れ、預かり金及び金利等の取締に関する法律(出資法)に定められている金利の数十〜一千倍以上の暴利を徴収、出資法違反により得た90億円以上にもなる犯罪収益を資金洗浄したものである。
 同幹部がプライベートバンキングサービスを担うヨーロッパ系A銀行香港法人担当者に割引債(無記名債)購入、償還と国外への資金持ち出しを相談。当該A銀行香港法人担当者は、業務委託関係にあるB銀行東京支店に割引債償還を依頼。
 B銀行東京支店はC証券代行会社へ割引債償還委託し、五菱会幹部達の関係者を代理人としてC証券代行会社に出向かせ、償還申し込みさせ10日ほどの間に前後3回に渡り、計約46億円の割引債償還を実行。
後にB銀行東京支店より、日本国内都市銀行に開設されるA銀行香港支店の口座へ送金、さらに当該都市銀行よりA銀行の預金口座へ送金。最終的にはA銀行本店にある匿名口座に他の預金と合わせ約51億円を隠匿したのである。
 ちなみにこの五菱会事件において、A銀行香港法人に割引債償還委託した後、五菱会幹部の名義などは一切表沙汰になる事は無く、割引債償還及び送金が取り行われた。名義を隠し割引債償還、送金行為と無記名口座への送金行為が、組織犯罪処罰法における犯罪収益等隠匿罪として検挙、五菱会幹部たちの有罪が確定した。【山口組傘下ヤミ金グループ・マネーロンダリング】

 更に本件においてはB銀行同支店が顧客等本人確認義務、本人確認記録作成義務、また、疑わしい取引の届出義務などを怠る法令違反を行ったものとして金融庁より行政処分を受けている。
 証券代行会社にも多額の無記名割引金融債の受払をする取引について、本人確認、記録作成、保存を行わなかった義務違反として行政処分を受けている。

 第二審判決に戻るとしよう。組織的犯罪処罰法は犯罪収益剥奪、被害者財産保護を目的とするのだが、犯罪収益剥奪を優先し、検察側の主張である追徴を認める逆転劇となった。
 我が国の腰の重さも去ることながら、2005(平成17)年7月、組織的犯罪処罰法は改正され、犯罪の性質、被害財産管理、処分状況等の事情を勘案し、犯人に被害財産が戻る恐れのある場合は犯罪被害財産を没収、追徴でき、没収した被害財産を被害者分配に充てる法案の要綱骨子を決定。翌年6月、犯罪被害財産等による被害回復給付金支給に関する法律が成立。

 我が国のマネーロンダリング対策におけるこのような著しい立ち遅れは犯罪収益等隠匿罪、犯罪収益等収受罪の対象である犯罪収益の”前提犯罪”の範囲から脱税を除外している点に尽きる。現に適法源泉所得脱税だけでなく、不法源泉所得脱税が収益の出処、真の所有者を隠し、捜査による発見、検挙を免れんとするマネーロンダリングを伴うものでありながら、組織的犯罪処罰法適用範囲から除外されているのである。

 米国が内国歳入庁犯罪捜査局(IRS-CI)を据え、マネーロンダリング対策、脱税濫用的租税回避を捜査している事を考慮すれば、我が国のマネーロンダリング対策は司法単独、財務、国税庁抜きのアンバランスという意味で大きく異なっているのだ。米国前提犯罪が170を越して連邦犯罪を含むのに対し、我が国はたったの66しか数えられない対応の不備は”マネロンヘイブン”と揶揄されてしまう恐れすらあるのだ。

 米国は、マネーロンダリングというものに対して、犯罪収益等を剥奪するだけではなく、適法、不法活動から発生する所得における脱税を逃さず摘発し、国家に対する詐欺行為蔓延をくい止めることによって、安全を確保し、国際的なものを含む組織犯罪グループによる米国金融システムや米国起業の支配を水際でくい止める為に、財務省、司法省が中心となり各省庁を統合していく言わば国家戦略として取り組んでいる。
これに対して我が国の取り組みは、金融庁の主たる金融機関を通じてのマネーロンダリングに対する取り組み、そして警察庁の組織犯罪対策の一環としての取り組みであった。

 米国では、国家戦略企画立案だけではなく、財務省内国歳入庁(IRS)が金融機関を通じてないマネーロンダリングに対し、金融犯罪捜査専門性及び情報網をフル活用し、マネーロンダリング対策実施面でも強大かつ強力な法執行機関としての役割を果たしている。
 これに対し我が国の取り組みを見ると、マネーロンダリング、脱税各々の捜査の統合の非効率加減は相当なものである。米国IRSのマネーロンダリング捜査や銀行秘密法捜査と日本の検挙件数はもはや比べ物にならず、また、IRSの麻薬犯罪における捜査も日本の検挙件数が微々たるもので比べる迄もないのは言うに足らずである。

 我が国には米国のように実施不可能な共謀、通信傍受、潜入捜査、武器の携帯及び使用、弁護士等の情報の共有及び合同捜査、没収財産国際的分与等々の諸問題があるのだ。一刻も早い国内法整備が望ましい。
 更には、マネーロンダリング対策は麻薬特例法、組織的犯罪処罰法だけでは対処できない。そもそもマネーロンダリング自体、暴力団の専売特許ではないからだ。一国政府、その偽装集団やトンネル企業、一般富裕層の個人法人に至るまで、企業の買収、贈収賄、脱税の為に所得、財産、資産隠しの為に欠くことのできない手段としてマネーロンダリングにひた走る。
 強大かつ強力な法執行機関を携える米国ですら、FBI、CIA、FinCEN、IRS-CI、BICE、入国管理、税関等、連邦、州政府総力を結集してマネーロンダリング対策に臨んでいるのであるから、我が国が警察庁オンリーで対処できるとは到底考えられない。

 我が国においても、諸外国政府と協力し、出入国管理や税関、海上保安庁、国税庁、麻薬取締局に公安調査庁、検察庁等、数々の法執行機関や情報機関による統合的戦略が絶対に不可欠である。