保険キャプティブの限界

1.キャプティブとは
 世界中で稼働しているキャプティブは1970年代の末から1980年代にかけて1,000社を超え、1991年末には2,845社、2001年末には4,002社、2011年末には5,745社、2014には6,800社を超えるキャプティブが存在すると報じられています。
 キャプティブとは基本的に「特定の親会社等(含グループ会社)のリスクを専門的に引き受けるために当該親会社により所有され、管理されている保険会社」です。
 多くの多国籍企業にとって、「完全な所有関係にある子会社に損失を負担させること」は、重要なロスファイナンス、つまり災害に対応する事前の財務対策であると言えます。
 キャプティブという用語は捕囚という意味のラテン語”captivus”に由来し、フランス語の”captive”に変化して英語になったという説が有力と言われています。ロングマンの辞書によると「監獄など小さな空間に閉じ込められて動けない状態」とか「捕虜、捕囚」などの意味があります。また、「キャプティブ・エレファント」というと、野生ではなく「動物園に飼育されている象」という意味になります。このことから「自社専属の」とか「自社所有の」といった意味に転じました。
 キャプティブが伝統的な一般保険会社と最も異なる点は、キャプティブの名が示すとおり、キャプティブが原則として「自社または自社グループのリスクしか引き受けない」という点です。キャプティブは、リスクファイナンスを効率的に行うため、様々な目的で用いられています。
 キャプティブ設立の第一の目的はキャプティブ・プログラムを通じて相対的にリスクに対するコストを削減することです。第二には、従来保険会社へ支払っていた保険料の一部をキャプティブへ環流させることで、グループ内に資金を留保させることが可能となり、グループ内キャッシュフローの向上を図ることができるようになります。さらに、損害発生の状況によっては、保険引受利益、運用益を得ることができます。
 多国籍企業としてはリスクに備え、積立金を留保しておきたいわけですが、日本の税制において、長期間に渡る内部留保(準備金の積立)は法人税の課税対象となります。市区町村含めて40%近くになる法人税を支払い、積立金を積み立てている会社もありますが、効率的な積立とは言えません。
 しかし、キャプティブを設立すれば、リスクマネジメントにかかるコストは保険料という形で経費処理が可能となり、さらにはキャプティブの資本金、準備金というかたちで資産をプールすることができます。
 では、既存の日本企業がどこにキャプティブを設置しているのかと言えば、税制や法規制が保険業に有利であり、保険会社の設立や運営に必要な法務・会計・保険数理・保険引受・損害処理・マネジメントなどの業務のアウトソースが可能な国・地域に設置しているということになります。
 こうした設置地はドミサイル”domicile”と呼ばれ通常親会社から遠く離れた場所にあります。ドミサイルの多くは税制が有利な租税回避地(タックスヘイブン)であり、かつキャプティブの設立を誘致する特別法(キャプティブ法)をもった国に設立されるケースがほとんどです。こうして、企業はリスクマネジメントによる効果的な節税と利益の留保をしてきました。

2.キャプティブと日本企業
 世界のキャプティブ数は6,800社以上であり、そのうち70%は米国企業のキャプティブであり、日本のキャプティブは70数社あるのみで、経済規模からすると非常に少数です。日本国内にドミサイルはないため、日本企業がキャプティブをつくるときは海外のドミサイルに行かざるを得ません。
 日本企業は保険業法上の「海外付保規制」によって、海外のキャプティブに直接保険を付けることができません。そのため日本企業のキャプティブはすべて「再保険キャプティブ」となります。これは親会社の保険を再保険のかたちでしか引き受けられないということです。日本企業は国内の保険会社に保険を付けて、その保険会社からキャプティブへ再保険に出してもらうこととなります。この日本国内の保険会社のことを「フロンティング会社」と呼びます。
 先にも述べたとおり、日本国内にキャプティブ・ドミサルは存在しません。また、キャプティブの設立を促すためのキャプティブ法もないので、国内で設立されたキャプティブも存在しません。
 また、旧保険業法では保険業とは「不特定多数の者を対象とするもの」でしたので、キャプティブは保険業法の規制を受ける保険業ではありませんでした。1995年の新保険業では「不特定」の文言はなくなりましたが、キャプティブが「会社が同一の会社の集団に属する他の会社を相手方として行うもの」(保険業法第二条二号二)である場合には、新保険業法の適用除外となります。つまり、「海外付保規制」と並び、この条文がキャプティブの存在や機能を暗に否定しているのです。

第二条 この法律において「保険業」とは、人の生存又は死亡に関し一定額の保険金を支払うことを約し保険料を収受する保険、一定の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補することを約し保険料を収受する保険その他の保険で、第三条第四項各号又は第五項各号に掲げるものの引受けを行う事業(次に掲げるものを除く。)をいう

一 他の法律に特別の規定のあるもの

二 次に掲げるもの

    • 地方公共団体がその住民を相手方として行うもの
    • 一の会社等(会社(外国会社を含む。以下この号において同じ。)その他の事業者(政令で定める者を除く。)をいう。)又はその役員若しくは使用人(役員又は使用人であった者を含む。以下この号において同じ。)が構成する団体がその役員若しくは使用人又はこれらの者の親族(政令で定める者に限る。以下この号において同じ。)を相手方として行うもの
    • 一の労働組合がその組合員(組合員であった者を含む。)又はその親族を相手方として行うもの
    • 会社が同一の会社の集団(一の会社及び当該会社の子会社の集団をいう。)に属する他の会社を相手方として行うもの
    • 一の学校(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校をいう。)又はその学生が構成する団体がその学生又は生徒を相手方として行うもの
    • 一の地縁による団体(地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百六十条の二第一項に規定する地縁による団体であって、同条第二項各号に掲げる要件に該当するものをいう。)がその構成員を相手方として行うもの
    • イからヘまでに掲げるものに準ずるものとして政令で定めるもの

 日本の親会社がキャプティブをオフショアに設立する場合、キャプティブの関係者は大別して、日本側とドミサイル側に別れます。
 日本側では親会社が損保仲介人(ブローカー)を通じて、元受保険会社に保険を付けます。ブローカーが損保代理店の場合もあります。ドミサイル側のマネジメント会社と提携関係にある日本のブローカーが親会社の依頼を受けてドミサイル側との連絡業務にあたります。
 ドミサイルではマネジメント会社が日本側の提携先経由で親会社の依頼を受けて種々の業務を行いますが、銀行業務、法律顧問、会計監査業務などはマネジメント会社の業務ではありませんので、これらの業務についてはドミサイルのしかるべき銀行などを親組織に推薦すること以上の仕事はしてはいけないことになっています。

【キャプティブの仕組み】

 ドミサイルの多くは、長い間、バミューダ、カリブ海諸国、米国・欧州の一部地域に限られていましましたが、1990年代からは米国内各州やアジア・太平洋地域にも拡散しており、2010年にはドミサイルの数は世界75の国・地域に及んでいます。
 当初は税負担額や運営コストがドミサイル選択のもっとも大きな要素であり、タックスヘイブン地域でのキャプティブ設立が進んできました。しかし、タックスヘイブン対策税制を採用する国が増え、税制面でのメリットが薄れたこと、キャプティブ法制をもつ国・地域が増加し、課税の選択肢が増えたこと、キャプティブの形態や目的の多様化が進んだことなどから、ドミサイル選択の基準として、コストや税額以外の条約などが重視されるようになってきています。
 近年、とくに米国企業が重視しているのは、「ドミサイルが課税当局などに悪い印象を与えないか」という点であり、米国では近年、オンショアでのキャプティブ設立が増加しています。

1999年 2004年
バミューダ 1,415 1,304
米国 678 1,433
 バーモント州 368 513
 ハワイ州 71 130
ケイマン諸島 532 640
ガーンジー 363 374
英領バージン諸島 137 319
ルクセンブルク 270 319
バルバトス 239 260
アイルランド 177 205
マン島 183 166
その他 361 459
合計 4,355 5,356

3.キャプティブとタックスヘイブン対策税制
 タックスヘイブン対策税制は、軽課税国を利用して租税回避を図る行為を排除する制度であり、日本では1978年度の法改正により租税特別措置法に規定されています。
 これは、内国法人がその発行株式の50%超を直接および間接に保有している外国法人(外国関係会社)で、タックスヘイブン(実質的な租税負担割合が20%以下の国または地域に本店を有するもの(特定外国子会社等))の留保所得のうち、株式発行割合(10%以上)に対応する部分の金額を内国法人の所得に合算して課税するものです。
 ただし、外国関係会社が独立企業としての「実体」を備え、かつその地で事業活動を行うことについて充分な「経済合理性」が認められるなど、一定の条件を満たす場合には、この制度は適用されません。
 特定子会社などの租税負担割合が20%以下であっても、次のすべての要件を満たしている場合はタックスヘイブン対策税制の適用はありません。この判定は事業年度ごとに行う必要があり、同法および同措置は日本企業を親会社とするキャプティブの設立・運営にあたって影響が大きいものですので、以下に要点をまとめます。

 ① 主たる事業基準

 主たる事業が、株式等または債権の保有、工業所有権もしくは著作権の提供、または船舶・航空機の貸し付けでないことです。
 わざわざタックスヘイブンにこれらの事業所を所在させなくても日本で十分に事業ができるので、租税負担軽減以外に積極的な「経済合理性」を見いだせないからです。

 ② 管理支配基準

 特定外国子会社等がその本店所在国において事業の管理、支配および運営をみずから行っていることです。
 具体的には、「特定子会社の株式総会および取締役会の開催、役員としての職務執行、会計帳簿の作成および保管等がその本店所在国で行われているか」などの状況を勘案します。

 ③ 非関連者基準または所在国基準

 非関連者基準に関しては、卸売業、銀行業、信託業、保険業、水運業または航空運送業についてはその取引の50%を関連者(親会社、子会社、関係会社)以外の者と行っていることです。
 これらの業種はその事業活動の範囲が必然的に国際的にならざるを得ず、その地に所在していることについて租税負担軽減意外には積極的な「経済合理性」は極めて希薄であるからです。
 また、所在国基準に関しては、上記以外の職種(例えば、製造業、小売業、サービス業、不動産業、物品賃貸業)については、その本店所在国において資本投下を行い、その地の経済と密接に関連し、事業活動を行っている場合には、その地に所在していることについて十分な「経済合理性」が確認し得るという認識に拠ります。
 そしてこの基準は、「これらの事業」を主として「その地」で行われていなければならないというものであって、製造行為の過半が国外で行われている場合や、小売であれば国外の視点の売上げが総売上げの過半である場合には適用除外とされません。

4.キャプティブの限界
 この改定された「20%申告方式」のもとでの、日本における課税所得への取り込みを避ける場合に考慮すべき点は次の二点です。
 第一点は、保険の事業収益は収入保険料から支払保険料を差し引いて算出されますが、この二つの間には時間差があります。時間の経過による課税の不均衡を防止するために各国の税法は準備金の設定を認めていますが、ドミサイルにおける関連法(保険業法、キャプティブ法等)にて規定された準備金も日本のタックスヘイブン税制上、容認されるものと理解しなければなりません。
 第二には現地の税負担が一事業年度を通算して20%以下であれば、税負担額は日本の所得税率である42%~3%を適用し、20%超であれば、キャプティブ・ドミサイルの税負担割合を適用します。
 このようにタックスヘイブン対策税制の存在により、日本の企業は大方のキャプティブ・ドミサイルを避けざるを得ない状況であることは周知の事実です。「租税」の観点だけで言うならば、現在適切なドミサイルはほとんどないと言えるのではないでしょうか。
 日本でも沖縄県名護市が2000年に金融特区に指定され、2002年にドミサイルとしての現地法制度や優遇措置を国に提案しました。そのときは1,200社から1,500社設立される可能性があると予想されていましたが、現在まで名護市では1社もキャプティブは設立されていません。
 優遇措置が設けられているにもかかわらず、企業の集積が進まない理由は税制優遇の認定を得るための要件が難しいことがあります。税制優遇がなされると、ペーパーカンパニーを設立するなどして意図的に課税を逃れしようとする企業が現れ、特区が租税回避地と化されてしまう指摘がなされているからです。このため、沖縄県の金融特区においては、課税逃れのみを目的とするような企業の進出を排除するために、現地への新設法人の設立や雇用人数等の厳しい要件が設定されました。
 その後もあちらこちらで金融特区創設のかけ声は上がっていますが、具体的にオンショア・キャプティブをどこに創るのかといった話は聞こえてきません。